Vol.3 一銭五厘の旗をつくりながら with阿部健さん

今日のゲストは写真家の阿部健さんです

あべっちがずっと作りたかったもの

ちか

今みなさん、こんにちは。ひがしちかです。
本日のゲストは写真家の阿部健(あべたけし)さんです。
よろしくお願いします〜!
今、私の長野のアトリエで2人で縫い物をしています。

あべ

僕が個人的にやりたいなと思ってた縫い物を、ちかちゃんにだいぶ手伝ってもらってやってますね。

ちか

これ、ずっと作りたかったんだよね。

あべ

そう、これっていうのは何かっていうと、ハギレを合わせた旗にもなるしカーテンにもなる、というものを作ってます。

ちか

1年前ぐらいかな、うちには家族でよく来てて、アトリエできてからも2回目だよね。
その時から「今度ちょっと縫い物したいからミシン貸して」ってあべっちに言われてて、で、毎回しないで帰るっていうね(笑)。

あべ

この布を持ってくるのを、いつも出てくる時バタバタして忘れてきちゃうっていう(笑)。

ちか

今度こそ縫おうねって言って、それで今回はやっと持ってこれて。
私が「なに縫うの?」って言った時に、あべっち、やっぱおもしろい魅力的な方だなと思ったんだよね。
えっと、いっすんごりんの旗…

あべ

一銭五厘(いっせんごりん)の旗。

ちか

ごめん、一銭五厘の旗。
その説明を阿部さんしていただけますか?

一銭五厘のいのち

あべ

『暮らしの手帖』の記事で「一銭五厘の旗」っていう記事があって、その本を読んだのがきっかけだったんだけど。
その旗っていうのは、昔、戦争の時に召集令状が赤紙で届く当時の切手のお金が一銭五厘。
召集令状で戦地へ行く=ほとんど死ぬというか、命をおそらく国、天皇に捧げるっていうことを意味する。
だから要するに自分の命は、はがき代=一銭五厘と一緒の値段。
実際に一銭五厘の記事の中でも、「お前らの命は一銭五厘。馬の値段より安いんだぞ」みたいなそういうことを兵隊は言われてて、自分たちもそれに従ってそういうことに対してNOと言ってこなかった、と。

ちか

言ってこなかったっていうのは、戦時中に揶揄したりすると連れてかれたりする世の中だったじゃない?
戦後にそういうことが言えるような風潮になって、この記事もきっと戦後に書かれたものだよね。

あべ

70年ぐらい前、昭和45年ぐらいの記事だったかな。

花森安治さんが残したもの

ちか

今、その本が手元にあるんですけど、ここをちょっと読んでみてもいいですか?
この冒頭がすごいきれいだったなと思って。 美しい夜であった
もう 二度と 誰も あんな夜に会う
ことは ないのではないか
空は よくみがいたガラスのように
透きとおっていた
空気は なにかが焼けているような
香ばしいにおいがしていた
どの家も どの建物も
つけられるだけの電灯をつけていた
それが 焼け跡をとおして
一面にちりばめられていた
昭和20年8月15日
あの夜
もう空襲はなかった
もう戦争は すんだ
まるで うそみたいだった
なんだか ばかみたいだった
へらへらとわらうと 涙がでてきた
もうこの、なんか、すごいよね。
この最初の冒頭、「空はよく磨いたガラスのように透き通っていた」っていうところが、もうこの全部がそうなんだけど、やっぱ戦中戦後の見た人しか書けない言葉っていうか。
調べると、花森さんは34歳の時に終戦だったそうです。
34歳っていうとね…。

あべ

ばっちりいい大人だよね、働き盛りというか。
でも、やっぱり「贅沢は敵だ」とか「欲しがりません、勝つまでは」とか、その辺のコピーを考えてた人だから、それの反省が。

ちか

でも、みんながそう洗脳されてたんだよね。

あべ

そうやって戦争に関わる仕事をしてた写真家、グラフィックデザイナーもいっぱいいるから、その辺もすごく自分の興味があって。

ちか

プロパガンダを、ほんと日本の素晴らしい写真家たちがね。

あべ

日本工房とか東方社とか、その辺の人たちの仕事もすごく興味があって。
(日本工房は、戦前フォトジャーナリストを中心に設立されたグループ。東方社は、その後脱退したメンバーを中心に設立された出版社です)

ちか

芸術とかも、全部戦争に使われちゃったんだよね。

あべ

その人たちはどういう思いでやってたのかとか、具体的にどうやって仕事してたのかとか、すごい気になって。
調べるんだけど、自分の勉強不足っていうのもあるかもしれないけど、そんなにそのことに触れたものはあんまり見つからなくて。
戦後やっぱり自分がそういう風なことをしてきたことを、どう思って生きてたのかとかもすごい気になることのひとつ。

ちか

その時代の人のことを聞くと、「私は無知だったから」っていう表現する人とか「私は勇気がなかったから今生きている」とか、こんな80年経った後でも生きていることに対して罪悪感を持つほどの、ある種の洗脳のすごさがあるよね。
もうそうじゃないってわかっていても、やっぱ死んだ人を横目にして生きてきた人とか、戦争経験してるとその傷は大きいよね。

この旗に惹かれた理由

あべ

実際にこの本を買って読んだのは結構何年も前なんだけど、たまたま古本屋に友達と行った時にその友達が教えてくれたんだよね。
一銭五厘の旗というのがあって、そのことがこの本に書いてあるよっていうのを教えてくれて、いいなと思った。
その旗の意味っていうのも、当時NOと言ってこなかった、言えなかった、言えなくてそのままどんどん進んでいっちゃったっていうことへのたぶん反省と、戦後もしまたそういうことがあった時のちゃんと意思表示で、それは間違ってる、庶民は騙されないぞっていうような意味合いを込めてボロキレで作った旗っていうのが書いてあって。
やっぱ自分もそういう大きい力みたいなところに反抗するというか、そういうところはすごく共感する部分が多いから、やっぱりその旗を作るっていうことも自分の意思表示でいいなと思って。

あと言葉を使わずにそうやってものを作って、しかもただのハギレを合わせるっていうところもすごくいいなと思うし、それがパタパタと風に揺られてる感じとかすごくいいなと思った。
強い言葉で攻撃するっていうんじゃなくて、そのものがそうやってあるっていうのがすごくいいなと思って、自分も作りたいと思って、ずーっと何年もたって作れなかったんだけど、あるとき自分がすごく好きな洋服屋さんのお店で、ハギレをすごく安くそこの洋服に使った余りの生地を1袋まとめて売ってるのがあって、ちょうどいいなと思ってこれで作ろうかなと思って。
そこからまた買ったはいいけど、自分もそんな裁縫とか全然してないから普段、全然手が動かなくてずっと何年も経ってしまったんだけど。

ちか

なんとなく私、理解してたつもりだったけど、なぜっていうところを聞くとあべっちの写真に通ずるところがあるなって、深く頷けるっていうか。
写真撮るっていう行為なだけで、これもカーテン作る、パッチワーク作ったっていうんだけど、でもなんで作るかとかそこにどういう思想があって作るかとか、あとなびいてる様子が美しいとかその前後の空気感とか、それの周りにあるものも含めて作品にしてるっていうか。

なんでラジオお呼びして話聞きたかったかって、多分その辺の言葉にできないことを聞きたかった。
雑誌とかですごいご活躍は見てるけど、それとは別に自分で作品を色々作ってるじゃない?
なんかその辺のあべっちの視点がいつも面白いなと思って。
一緒に撮影したことも結構あるじゃない?

あべ

うん。すごい楽しかった。

ちか

ありがとうー。私も楽しかった。
なんかこう全然ガシガシ来ないあべっちなんだけど、ちゃんとあべっちが撮ってる感じっていう、なんていうのかな、それも言葉にするの難しいんだけど。
あべっちは遠くからなんかすごいぼんやり見てるようで、何を考えたり何を気になってるんだろうっていうのはすごい聞きたくて。
写真がやっぱすごい好きなんだなってよく一緒にいて思うんだよね。

ある取材で私が写されるほうで、編集者の人とうちの息子と沖縄の宮古島に行く機会があって、私がちょっとテキストを書いたりするみたいなページをいただいた時に、あべっちと一緒にみんなでサウナしたじゃない?
私の記憶だとサウナの中でなんか本を読んでたんだけど、でもあの日暗かったからサウナの中で読んでないよね?

あべ

暗いし眼鏡外してたから、本は読んでない(笑)。

ちか

どこでだろ(笑)、なんか写真の評論みたいなの読んでたの、単行本の。
女性の写真評論みたいな本を読んでて。

あべ

あー、大竹昭子さんの本かな?
でも、どの本読んでたかはちょっと忘れちゃった。
(大竹昭子さんは、写真評論以外にもさまざまな執筆をされている方です)

ちか

あべっちはもちろん写真っていうものに対して職業柄向き合ってるっていうのもあるんだけど、写真じゃなくちゃいけなかったとは思うんだけど。
でもうまく言えないんだけど、この旗を作ることも同じようなことをしているような気もしてる。
子育てをしてる時もそれなような気がしてる。
このラジオの名前が『生活芸術』って境界線がないようなことがいいなと思ってて、仕事とか家庭とか作品とか作品じゃないとか、手が動く、気持ちが動く、それが好き嫌いとか、YES、NOとか。
うーん、なんかうまく言えないね、やっぱ(笑)。

あべ

でもそうやってうまく言えないようなこととか言葉にならないことっていうのも、すごく自分は好きで。

ちか

曖昧さとかね。

あべ

そこになんか全て甘えるっていうか、ぼかしてやり過ごすっていう意味ではないんだけれども。

ちか

でもある種、逆に強くない?
この旗の場合、メッセージがもうこの色1つでわかるってことじゃない?
何派か、何派じゃないかみたいな怖さがあるじゃん。
ぱっと見で分かる人にはもう分かっちゃって、戦中にこんなことやってたら牢園連れてかれるかもしれない、みたいな。
自分でマークをつけちゃうっていう、気持ちの表れを1つの表現にしてしまう、もう言葉よりも強い分かりやすさとそれを身につけて歩くみたいな。
言葉だったらすごい説明してややこしかったりするんだけど。

あべ

じゃあやっぱり自分がこの旗にこう魅力を感じたのも、旗に何か文字が書いてあるとか、それが日章旗とかじゃなくて、本当に庶民のボロキレを集めて、それがくっついて1枚になってるっていうところにも自分が惹かれたんだなっていうのが、今わかったかもしれない。

ちか

そして、すごく素敵な可愛いのができたね。

あべ

本当にちかちゃんのところで作れたっていうのも、こういう形になったっていうのも、まだできてないけど、今、糸がもうこんがらがって、30分以上ずっと解こうとしてる(笑)。

ちか

そうなの?これはこれで止めちゃおう(笑)。
これも残そうよ。このぐちゃぐちゃって玉も、いいと思うよ。
私がアバウトっていうのはもちろん知ってるけど、ここまでアバウトだったって知らなかったでしょ。

あべ

いや(笑)、でもそれを今みたいに「そこ、残そうよ」みたいなこととかも、痕跡として残っていくっていうのはいいと思うから。
手伝ってもらって、ほぼほぼちかちゃんがやってくれてるけど。

ちか

でも工業用ミシンとか初めてだったのに上手だったよ。

あべ

でもやっぱり難しいところはすごく手伝ってくれて、そのおかげで完成に近づいていいものになりそう。

ちか

私、ちょこちょこはやるんだけど、ちゃんと1つのもの作ったの久しぶりだったから、すっごく楽しかった。

あべ

そうだね。楽しいね。

ちか

縫うの好きなんだなとか、配色考えるだけでも楽しいよね。

あべ

うん。最後のこの手縫いもちかちゃんがアイデア出してくれて、最後ミシンでやってもいいけど手縫いにするのもいいかなっていうのを言ってくれたから、今やってその感じがいいなと思った。

ちかちゃんの原動力

ちか

うんうん。
私に質問コーナーが1つあるんですが、なんかある?

あべ

あるよ、あるある。
ちかちゃんはいつも見てて、すごくエネルギーに溢れていて、すごくグッドバイブスの持ち主で、それが周りにもちゃんと伝わってる感じがして。
ポジティブに前に進んでいってるような風に見えるんだけど、その原動力というか何か前に進んでいくための、自分を支えてるもの、何か支えになってるものっていうのは何かあるのかなと思って。

ちか

自分では考えないね、そういうこと。うーん、支え。
なんか辛い時とか辛さがわかんないじゃない?
すごく辛い時って一生懸命になりすぎて、振り返ったら「あ、あの時すごい辛かったんだ」とかあるんだけど。
でもやっぱり助けてくれるものっていうか、今まで大変だった時に助けてくれたのは、私の場合、絵だったり写真だったり音楽とか映画なんだよね。
さっきの言葉の世界じゃないけど、言葉で助けてくれるみたいなのもあるし。
写真で、言葉がなくても助けてくれるっていうか、心の居場所を作ってくれたりするものもあるし。
高校生からずっと好きっていうか支えてくれてるものは、わかりやすく言うとブルーハーツかな(笑)。

あと、いわゆる絵画とかに感動したのがゴッホなんだけど、お父さんが絵描くのが好きで、お父さんの本棚にゴッホとゴーギャン2つの絵があって、なんじゃこりゃー!みたいな、本当それなんだよね。
衝撃が走って、しかも生じゃないんだよ。ただのカラーの画集なんだよね。
あれで、高校1年の時にもうなんかドキドキしちゃったんだよね。そのページうっかり開いたもんで。
感動だよね、やっぱ私を支えてるものは感動かな。
ブルーハーツの場合はやっぱ言葉だよね、あと存在感とか。
自分の今振り返って、エネルギーの根源、なんでこんなに進み続けて動きを止めないとか、変なやつだよね(笑)。

あべ

ちかちゃん、すごく豪快さもあるなと思って(笑)。

ちか

本当にやんなっちゃう、もっとおしとやかに生きたいんだよ(笑)。

あべ

全然悪い意味じゃないんだけど、その豪快さがその時々でどう影響してるかわかんないんだけど、そういうところもあるなと思うんだけど、それはブルーハーツのそういう部分からなのかな。

ちか

それは性分っていうかキャラクターなのかな?

あべ

じゃあ小さい頃から?

ちか

いや、ちっちゃい頃は違ったね、確かに。
でも私ね、人は何回か生まれ変わるような気がして。
10代はもう与えられた環境で生きるじゃない?選択をしないじゃない?
こういう親の元に生まれてるとかも、考える子もいると思うんだけど。
大体80歳まで生きるとして、それを4分の1ぐらいにすると20歳ぐらい、40歳、60歳、80歳で4分割するとするじゃない?初期、中期、後期みたいな感じで。
例えば、20歳ぐらいまでは選択してないんだよね、ほぼほぼ。
出会う人も選択してないし、たまたま教室にいた人、親も選択するとか話もよく聞くけど、子供が選ぶとか言うけど。
まあでも住む場所、人、食べ物とかも与えられたものを大体食べるじゃない?子供って。
で、20代から40代があって、選択できる喜びがあるっていうのは結構人権にも繋がると思うんだけど、自分がどこで何をしたいかとかこうすべきだとか、ここにどうせいなきゃいけないっていうのがすごく苦手なんだよね。

だったらもう自分で選ぶ楽しさっていうか大人になる責任を負う楽しさみたいなのが、結構好きなのかもしれない。
人によっては与えられたことをする喜びとか、言われてやることがすごく性に合ってることもあるから、ただの性分だと思う。
私がこのただ前に進むのは自分でザクザク歩いていくみたいなのは、そこの居心地の良さなだけかな。
それがすごいとは全然思わないし、失敗するからリスクも多いし、疲れるし、なんかお調子者だなって自分でも思うしね(笑)。

あと考えてないんだと思う、あんまり。全部直感でやるから。
全部興味あること、とりあえずどんどん思いついたらすぐやるから。
どんどんやることが増えちゃう。これやったらいいじゃん!とかもう何も考えずにとりあえずやる。
そうしないと多分、私は元気がなくなっちゃうんだよね。

それができなくていっときシングルマザーの時に、みんなみたいなできるお母さんにならなきゃって思って、履歴書書いて派遣のバイトしてた時に、自分が自分でなくなっちゃったから、6時までこの席に座ってなきゃいけない、ストッキング履いて制服着て。
そこでちょっと病気になっちゃうんだよね、心の病気。
たぶん人の適材適所ってあるんだなって思う。
だから別に私がこんな色々やってって思うと思うんだけど、すごくはないんだよ。
だから私は、私以外の人をすごく尊敬してる。

保育園のお迎えとか行って「何してるんですか?」とかよく聞かれるんだよ。
たぶん格好とかがちょっとよく分かんない人みたいな感じだからだと思うんだけど。
で、「こういうことやってます」って言って、「えー、すごいですね」って言われて、私も「何やられてるんですか?」って聞いたら、「普通の事務ですー」って。
私は「え、めっちゃすごいじゃないですか!」って、私できないから「え、めっちゃすごい!」ってほんとに思うから、「すごいじゃないないですか!」って言ったら、すごいひかれる、大体。
「看護婦です」とか、「めっちゃすごいじゃないですか!血とか見れないんですよ!注射できないんですよ」とか。
でも大体、会話が続かなくてスーってみんな「そうですか?」みたいな感じで…。
なんかたぶん大袈裟なただのうるさい人みたいに思われたんだと思うんだけどね。
大体会話がこうサーってひいていかれること多いんだけど。
私もあべっちの、そうやって黙々と写真を撮り続けられることをすごいなと思うし。
立ち止まって考える人を本当に尊敬するし。

あべ

だいぶ立ち止まるけどね(笑)、なかなか動き出せないけど。
なかなか立ち止まってばっかりだなっていうのはすごく自分で思うし、だからやっぱりちかちゃんの直感で動き出せる感じとかすごいいいなと思うし。

ちか

いやいや、だから周りには迷惑かけてるよ。

大変でも楽しめちゃうからいい

あべ

でもね、なんかこう迷惑なこともあるのかもしれないけど(笑)、やっぱりそれが楽しいと思うな。
だから一緒に働きたいっていう風に思うし、そういう大変さ込みで、大変さっていうか…

ちか

だから、そうね、楽しめるのは冒険しちゃうからね。
例えば撮影してても、これもやっちゃったら面白いんじゃないかとか、実験してみたくなっちゃうっていうか。
でもその経緯が全部、写真に出ちゃったりするじゃない?
結局こっちはやらなかったんだけど、この写真に行き着くまでのこの構図が出たり、このハプニングが起こった末のこの1枚ができた時に納得するんだよね。
それが写らなかったとしても、写し出せなかったとしても、写るんだなとか。

あべ

そう思う、自分もすごく。 それは制作した側の人たちしか分からないのかもしれないけど。

ちか

それでいいんだよね。

あべ

うん、そうだね。それでいいと思う。

ちか

それを言葉で説明とかをするつもりもなくて、ただ最後にこの1枚が見せたかったものっていう風にして。

あべ

うん、それでいいと思う。
だからやっぱりそこにたどり着くまでの過程がすごく大変で、急に「え、こんなこと言われても」みたいな「今言われても」みたいなところも、すごく楽しめる。一緒にやってて。

ちか

スイマセン(笑)。

あべ

でもそれがやっぱり、まあ正直楽しめなかったり、すごく時間のロスだったり効率的じゃない場合になる現場もすごくあるけど、やっぱり作ってる人たちが同じ方向を向いてたらすごく楽しいじゃない?
だから自分もそうやって色々実験するのも楽しいから、こうやったらどうなるんだろう?みたいな好奇心とか。

ちか

たぶんさっきの質問に返ると、言動力みたいなのはやっぱり、何を話したかったか思い出した。 感動したいんだよね。自分が感動してないとダメな気がして。
自分をなぞるとかじゃなくて、こういう風にしとけばいいだろうじゃなくて、やっぱドシっと来るものがないと、それはちょっと努力しないといかないじゃない?そこまで。
探さないと見つからないから。
それを、絶対探しに行くとか、ジャンプするみたいなことをしたい、みたいなところかな。

あべ

そうだね。 途中で起こる予期せぬハプニングみたいなところも、取り入れられるっていうか、現場で。
ハプニングで終わらないっていうか、それをじゃあどうしようかみたいな、生かすっていうか。

ちか

でもその方がおもしろいと思う、人生も。
予定通りの人生じゃなくて、そういうのがたぶん、

(子供たち「ママ、帰ってきた!」)

おかえりー!
今、録音してるからちょっと待ってて。
じゃあ、子供たちが帰って来たのでこの辺で(笑)。
今日のゲストは写真家の阿部健さんでした。ありがとうございました!

あべ

ありがとうございました(笑)。 旗作りに戻りましょう。

ちか

旗作りに戻りましょう。

阿部 健(あべ・たけし)

1980年、神奈川県生まれ。日本写真芸術専門学校 2部 報道・芸術写真科卒業。
複数のカメラマンのロケアシスタントとして働いたのち、平野太呂氏に師事。
2009年からフリーフォトグラファーとして活動を開始。
WEB site

Back