聞けなかった戦争の話
ここ10年ほど知り合いのご夫妻から戦争の話を聞いていました。東京空襲のあった3月と、8月はほぼ毎年。会話の中で自然と話題に上ることが多かったので、特に記録したりはしておらず、とはいえ貴重な戦争当事者の話としてありがたく聞いていたという感じです。
1933年東京・表参道生まれのDさんと1937年静岡・沼津生まれのKさんは共に子供の頃に戦争を体験したご夫妻です。特に印象に残っているのは東京空襲で亡くなられたDさんの母親と弟のお話。1945年3月10日、空襲の中、Dさん一家は表参道から明治神宮に避難する途中で逸れてしまい、当時37歳の母親と6歳の弟は現在の表参道ヒルズの前で重なる様に亡くなっていたそうです。それからDさんご夫妻は毎年3月10日、表参道に出向き静かに手を合わせておられます。終戦直後の渋谷で進駐軍に英語を教わったこと、教科書に墨を塗ったこと、終戦後の混乱期の世田谷近辺の様子など色々と聞きました。いつも空腹で物が不足していて、後から思えばあれは言論統制だったのではということもあったり、窮屈で不便だとは思ったけれども戦後の貧しさは皆同じだからと、戦争責任について話したり考えたりすることはなかったそうです。とても話せる空気ではなかったとも。
個人的に気になったのは穏やかな人柄の中にごくたまに現れるDさんの人種差別的な発言。指摘してみたものの、その時は笑って流されてしまいました。今思えばDさんがなぜその様な差別的な発言をするに至ったのかをもっと食い下がって聞きたかったし、当時どれほど恐ろしい思いをしたのか、どのように暮らしどんなことを考えたのか、戦中戦後の自分や周囲の変化、時代の空気感、些末なことでももっと具体的に聞いてみれば良かった。この先戦争当事者の話を聞ける機会は少なくなっていくのに「差別的発言は良くないですよ」としか言えず。コロナ禍で会うことも憚れた2022年の夏、お中元に送った水羊羹が届いた日にDさんは亡くなってしまいました。翌年2月、戦争を体験した私の祖母が99歳で亡くなり、夏にこの「ときをきく」のプロジェクトを知り、誰からも聞けなくなってしまう前にと、身近な人を当たってみようと思い立ちました。
この時点で周りで話が聞けそうな当事者はDさんの奥さまのKさんただひとり。ご高齢な上に持病で入退院を繰り返すKさんにご無理のない様にとお願いしたものの、直前で体調を崩され入院してしまい、直接お話を聞くことは叶いませんでした。それでもと、後日届いたお手紙に同封されていた本がこちら。
『僕の戦争/三宿小学校の学童疎開』川原基尚・川原芳子著 文芸社
これは朝日新聞社の川原基尚さんが残した学童疎開の体験記です(2022年、川原さんは89歳で逝去されています)。昭和19年(1944年)、疎開中の学童の日記や家族への手紙などはすべて教師による検閲があり、川原さんと共に疎開したSさんの日記には「家に帰りたい」とか「淋しい」とか「お腹が空いた」といった記述は一切なく、本音を言うことも許されず、我慢を強いられ消灯後にすすり泣く声が聞こえたことなどが描かれています。いつも空腹で、練り歯磨きや水彩絵の具の「白」が甘くて美味しいなど、何をしていても最終的には食べることの話になったそう。この学童疎開で4人の命が失われていたこと、その記憶が川原さんに全くないことなど戦後知らされた事実も多かったそうです。
また、昨年観た舞台『あしもとのいずみ』で、陸軍登戸研究所の存在を知りました。現在、明治大学生田キャンパスの一部になっているこの場所は、戦時中秘密戦を担う研究所でした。いわゆる風船爆弾が作られていた場所で、現在は明治大学平和教育登戸研究所資料館として戦争の裏側を伝える貴重な場所となっています。5/25まで「日本が戦争になったとき~軍拡の時代と秘密戦~」という貴重な展示が行われているので、そちらもぜひ。
直接話を聞けなかったことは残念だけど、これが現実。戦争をなくす魔法は存在しないし、世界は複雑さに満ち溢れていて、今起きている虐殺や軍事侵攻についても自分は正しく理解などできていないと感じるのですが。仕方ないと思い込んだり諦めたりしないで済むように自分にできることは何だろうかと、仕事の段取りをしつつ、猫のトイレを掃除したり洗濯物を干しながら自動車税払わなきゃとか今日の夕飯は何にしようとか。生活の中で考えています。
▪️『僕の戦争/三宿小学校の学童疎開 』川原基尚・川原芳子著 文芸社
▪️『あしもとのいずみ』
参考文献
『僕の戦争/三宿小学校の学童疎開』川原基尚・川原芳子著 文芸社
『この国の同調圧力』山崎雅弘著 SB新書
『未完の敗戦』山崎雅弘著 集英社新書
『ヒロシマ・ノート』大江健三郎著 岩波新書
『日米地位協定入門』前泊博盛著 創元社
『特権を問う』毎日新聞出版
『広島第二県女二年西組』関千枝子著 ちくま文庫
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武井 実子
プロフィール
1976年山梨県生まれ。会社員を経て2006〜2017 SAB LETTERPRESS を主宰。活版印刷の再生に携わる。現在はプロジェクトマネージャーとしてメーカーのサポート等の活動をしている。蟹座A型猫好きのフェミニスト。
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